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2009年5月 5日 (火)

ズ36 ズッコケ三人組のダイエット講座

Back36第36巻。97年12月刊です。
ダイエットのお話です。
もちろん、ダイエットをするのはモーちゃんだと、読む前からわかります。
そして前巻で書いたように、シリーズを通して三人のキャラクター設定は変化しないはずなので、モーちゃんのダイエットが失敗することも、ほぼ確信できます。次巻からスマートなモーちゃんになるわけがないのです。
ともかく「ダイエット」です。僕はちょっとげんなりしました。
理由はまず、小学生が色気づくことを嫌う僕の好みのせいです。そして、それとは似ているようでまったく違う、ある種の社会的良識の気配のせいでもあります。「小学生」「ダイエット」とくれば、必ず出てくるあれです。やれ「成長期なのに」とか「テレビの悪影響で…」などと、反射的といった感で絡んでくるこのテの良識の気配が、タイトルを目にした瞬間から感じられ、げんなりしたわけです。もちろん、ズッコケともあろうものが紋切型の良識に則るだけのお話であるはずがないのですが、どうしても何らかの妥協を強いられ内容の充実がおろそかになっているような予感がしたのです。もちろん僕も、成長期にある子供の過剰な食事制限を肯定するわけではありません。そうではなくて、このようにこんな拙文の中でも一言「肯定するわけではない」と書いておいたほうがいいんじゃないかという気にさせる、その暗黙パワーの気配が気を萎えさせたわけです。

で、内容です。
秋の身体測定の結果から始まります。春から6キロ増の159センチで69キロ。さすがにモーちゃんも気になります。ちなみにハチベエが138センチ30キロ、ハカセは144センチ31キロ。「そんなに肥ってると心臓に負担がかかって危険だ」とハカセに脅かされ、モーちゃんの減量作戦が開始されます。一日で7381キロカロリー摂っていたところを1600キロカロリーに制限する、給食すら残すような過酷な生活が始まったのです。ハチベエはランニングなどの運動を指導し、ハカセはカロリー計算や栄養管理など理論方面のアドバイスを担当します。
「禁煙とダイエットに王道なし」の格言通りにお話は展開します。小規模な成功と挫折の繰り返しです。一週間の努力が一日で水泡に帰す残酷な展開。挫折の苦味をエクレアの甘さでごまかし、溜息はどんぶり飯で腹におし戻すモーちゃんの姿はマンモス西氏を彷彿させます。そしてリバウンド。ついにモーちゃんは禁断の一歩を踏み込んでしまいます。会員制の地下組織、秘密のダイエットクラブに誰にも内緒で入会してしまうのです。入会金十万円也。うさんくさいクラブですが、期待以上の効果をあげ二週間で13キロも痩せてしまいます。しかしお話はまたも悪いほうに展開。クラブの経営者が摘発されてしまうのです。詐欺だけでなく薬事法や医師法違反にも問われてのことです。モーちゃんが食欲抑制のために毎日摂っていたのは危険な違法薬物だったわけです。
そして、終盤にきてモーちゃんに深刻な問題がもちあがってきます。ダイエットをやめたつもりなのに、いつまでも食欲が戻らないのです。体重は減り続け、とうとう45キロまで落ちてしまいます。干乾びたようになり何度も倒れる始末です。内臓の問題でも薬効の残りでもないようで、つまり心理的な問題です。潜在意識が食べることを禁忌にしているようなのです。ハカセの口から「拒食症」「衰弱死」という語が囁かれ、事態はいよいよ切迫してきます。
もう残り数頁なのです。モーちゃんは肥ったまま終るはずなのにどうしたことだろうと読者も心配するころ、ハチベエとハカセの妙案が登場します。
忘年会です。女の子たちも入れて、モーちゃんの前で楽しく飲み食いするのです。みんなの食べる姿を見せ、享楽的な雰囲気で包み、会話に意識を向けさせつつ知らず知らずのうちにご馳走に手をつけさせようというわけです。……成功です。気がついたときにはお寿司もアイスも食べていたモーちゃん。すっかり食いしん坊に戻っちゃいました。じきにぶくぶく肥えて元通りでしょうね、めでたしめでたし。

……というお話です。無理なダイエットが健康を害することや、コンプレックスあるところ悪徳業者ありという現実、心までが蝕まれる危険性が描かれている点で、最初に予想していたとおり紋切型におもねっているようにも読めますが、最後にきて僕はすっきりしました。ひとつだけ、時勢にのった良識をうっちゃっているのです。
みんなが宴会でモーちゃんの心を治したところです。ここに、僕は大げさに言えば反時代的な姿勢を見たのです。この「時代」というのは、大文字のサイコロジーが幅をきかせすぎている時代のことです。人の相談ごとに対し「ああ、そういう悩みならいちどカウンセリングを受けるといいよ」と応じる人が本当に出現し、それが解決に近い妥当な回答だとなんとなく認められてしまうような、心理療法やらのタームがやたらと目につくようになった時代のことです。
僕には、おかしくなったモーちゃんを見た理論派のハカセですら「カウンセリング」とか「クリニック」と言わなかったのが痛快でした。それは、自分たちで直接なんとかしてあげたいと考える友情の美しさではありません。「調子が悪くなった心には心で応じる」という発想の新鮮な懐かしさ、「心的外傷は心の専門家へ」という良識が登場しそびれてしまうことの豊かさです。
職業カウンセラーが駆使するメソッドのことを、幻術や売卜の類だとも、逆に万能な療術だともいうわけではなく、ただ、ムツカシイことなんか知ったことかという気分、病んだ心に作用するチャンネルは複数あった方がいいという気分、ある種の野暮ったさも留保したいという気分を肯定される清々しさです。人の熱で心の通りがよくなることもありえるという単純な事実。ラストの宴会療法は、事件報道からエンタテイメントの伏線にまで登場するサイコロジーの退屈さから救ってくれます。

というわけで、ダイエットというタイトルながら、みんなでモリモリ食らう場面がもっとも滋味のある巻でした。ダイエットと掛けまして心の病と解いて、その心はどちらも最低限の熱量は必要ですということです。座布団ください。

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